句楽詩区 7月号
ペン画:加藤 閑
加藤 閑 ・・・山揺れる
さとう三千魚 ・・「はなとゆめ」03
古川ぼたる ・・・7月の蕾
茫茫
加藤閑 山揺れる
山揺れて夏を怖るゝ齢かな
ゆううつに午睡を翔ける白き鷺
桃の傷皮に露はな羞恥のかたち
歳月が町揺らす音ソーダ水
大垣に至る間際の暑さかな
短夜や氷砂糖の割れる音
信仰はなく炎天のオートバイ
梅雨晴れや家を忘れし母の魂
コンビーフ夏果つるとは思はざり
夏草を見る網膜のあたらしさ
さとう三千魚 「はなとゆめ」03
背中に咲く花
今朝、
モコが吠えていた
モコの吠える声が聞こえていた
ウォン
ウォン
ウォンウォーーン
モコの吠える声が聞こえていた
モコの吠える声が聞こえていた
ぼくは、目覚めた
ぼくは、目覚めた
ハイビスカスの花が揺れていた
淡いオレンジ色のハイビスカスの花が揺れていた
きみは、いない
きみは、もういない
今朝
モコが吠えて
ぼくは目覚めていた
庭の片隅にハイビスカスが揺れていた
モコが吠えていた
モコが吠えていた
風が吹いていた
風が吹いていた
きみの背中にハイビスカスの花が揺れていた
きみの背中にハイビスカスの花が揺れていた
きみは、いない
きみは、もういない
つまりこの世は神が創ったのではなく
つまりこの世は神が創ったのではなく
モコが吠えて
ぼくは目覚め
ハイビスカスが揺れていた
淡いオレンジ色のハイビスカスの花が揺れていた
淡いオレンジ色のハイビスカスの花が揺れていた
古川ぼたる 7月の蕾
覆っていた夜が開かれ
ゆっくりと白みかけた空から
すこしずつ入って来る光りに
すこしずつ温まる滴のついた蕾
温まる滴が開かれ広がる
濡れている昼顔の蕾
濡れた蕾の内側も外側もその隙間も
温まる光りの滴
温まる昼顔の蕾
薄紅色にほどけ始める昼顔の蕾の火照り
土のなかではわずかな隙間から湿りを入れて
根の先端から沁みわたる水分が
葉と葉の隅々まで伝わり
それぞれの葉が呼吸を繰り返している葉むらでは
それぞれの息に重なるそれぞれの息が混ざり合い
混ざり溶けあう合う息の湿りが
火照る蕾をさっきより今より火照らせる
温まった蕾に包まれていた花びらが
内側から膨らみ
蕾の縁を押し開いて光りを入れる
めくれてくる花びらの縁と蕾の縁に帯びる熱に
花びらが息をするたび、光りが濃くなり
葉むらが息をするたび、根は水分を汲み上げ
縺れるように潜んでいた花びらの縁が
濡れながら光りを吸いに口を開けると
濡れて光る縁に吸い込まれ
光りを吸いに開けた口に吸い寄せられて
濡れた光りは五弁に裂けようとして裂けない
裂けない花びらのやわらかな縁取りの昼顔が
さっきより今より、より今より
生い茂る雑草に混じり合い
蔓を伸ばし
茫茫
棘を持つことを憂いぬ夏薊
落日の紫雲の蕾夏薊
パンのみに在らずぞ緋鯉気をつけて
見るまでの憂いはどこにかきつばた
床の間に百合の匂える横座り
片耳に髪かき上げし梅雨曇り
雲海の道茫茫と父母の声
ろうそくのてやくちびるやめのほむら
終電に駆け込む葱の青きかな
雲のみは飽かぬ子を連れ桜桃忌
首筋に蚊だよと触れる黒子かな
尻洗う心地良き時チャイム鳴る
鶺鴒やゴメンゴメンと飛ぶ仕事
そうだよね海辺の駅のカンナだね
背と膝に嬰児の老女接見す
歯茎もて舌もて桃の芯までも
短夜を残す齢の尿かな
変わり果てマルエン選集紙魚を飼う
道端をはにかむ昼咲き月見草